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昨日の「多様性」エントリからの連想で、今日はアローの不可能性定理についてちょっと書いてみよう。とはいっても、それの導出過程だとか、テクニカルに関する事柄は触れないこととし、さらにはその帰結からもたらされる様々なインプリケーションについても口を噤んでおこうと思う。それでは、アローの不可能性定理について、何を語ろうとするのか?
ここでは、それが前提とするものについて、つまりは、民主的決定の前提(公理)について、語る、というよりも、それらを列挙し、議論の叩き台としたい。
アローがフォーマライズした民主的決定に関する公理を列挙するに先立って、そもそも「アローの一般不可能性定理」とは何かを簡単に言っておくと、それは、民主的な決定ルールをもつ社会は必然的に「独裁者」の存在を導出してしまう、という定理だ。つまり、「民主的決定」の存在の不可能性、さらに言えば「民主主義社会」の不可能性を証明してしまった、と言える。
それでは、アローはどのように「民主的決定」というものを特徴付けたのか?
まず彼は「民主的決定」の基本条件として「弱順序仮説」というものを仮定する。つまり、「民主的決定」は以下の3つ性質を満たす関係≦で定義される(ここで、たとえばx ≦y は「y は少なくともx と同程度に良い」と解釈され、この関係は「選好順序」と呼ばれる)。
- 完備性
選択肢の集合から2つの選択肢を任意に選んだ場合、x ≦y かy ≦x の少なくともどちらか一方が成り立つ(つまり、どんな選択肢間でも比較できることを要請する)。 - 反射性
すべての選択肢x についてx ≦x が成り立つ(つまり、「ある選択肢は少なくとも自分自身と同程度に良い」という、自明なことを要請する)。 - 推移性
選択肢の集合から3つの選択肢を任意に選んだ場合、x ≦y とy ≦z が成り立つとすればx ≦z が成り立つ(この推移性の要請によって選択肢の選好順序がループすることが禁じられる)。
さて、その上で、アローが「民主的決定」を特徴付けるものとして要請した規準は、以下の4つ。
- 公理U(広範性)
各個人がどんな選択肢をどんな順序で選好しようと自由である、ということを保証する。 - 公理P(パレート原理)
「市民の主権性」とも呼ばれる公理で、社会の構成員すべてが、ある選択肢に関して選好順序が一致したとき、社会的決定はそれに従わねばならない、ということを要請する。 - 公理I(無関連対象からの独立性)
これは字義通りに解釈すると、「ある選択肢間の選好順序は、それとは異なる別の選択肢間の選好順序に影響を与えない」というものだが、若干分かりにくい。佐伯胖は「分析的認識を保証するもの」とこの公理を特徴付けている。 - 公理ND(非独裁性)
これは、その名の通り、独裁者の存在を否定するもの。
……というところで、ちょっと中断。あとでまた書き足したり何だりします。
参考図書
アマルティア・セン 経済学と倫理学(鈴村興太郎・後藤玲子、実教出版)
「きめ方」の論理 社会的決定理論への招待(佐伯胖、東京大学出版会)
「アローの一般不可能性定理」シリーズ一覧
アローの一般不可能性定理
弱順序仮説の問題
弱順序仮説の問題2
考えるだけならオッケーか?
考えるだけならオッケーか? Interlude
みんながいいと言えばいいのか?
で、いまのいままで、かがみさんに指摘されるまで、米国市民権取得時のゲーデルのこの逸話と、アローの不可能性定理をつなげて考えたことはありませんでしたが、言われてみればたしかに、ゲーデルがどういう論法で「アメリカにおける独裁者の存在」を証立てたのか、気になりますね。まあ、これもかがみさんの言うとおり、憲法が矛盾していればそこからは何でも出てくるわけですから、独裁者の存在を許容するのも当然なわけですが。
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