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こちらで無謀にもぶちあげた「やりたいこと」のうち、大きな意味で「フィクション論」と言ってもいい「人はなぜ〈うそ〉に反応するのか」ということについて、何回かにわたってゆるゆると書こうと思う。まず、第1回目たる今日はいわば「総論」として、モリアルの「フィクションにおいて、否定的感情をたのしむこと」(Morreall, 1985)を導きに、そうした「〈うそ〉への反応」のうち「悲劇のパラドクス」と呼ばれる事態について考えてみたい。

「悲劇のパラドクス」とはかんたんに言って、現実世界で自分の身に降りかかってきたとしたらけっしてありがたくはないような出来事を、なぜそれらが〈うそ〉であれば「娯楽」として受けとることができるのか、ということだ。モリアルは、このパラドクスに対して出されてきた「解決」のうち、つぎの4つを紹介している。

  1. アリストテレスの「魂魄浄化論」(Aristotle, 1996)
  2. ヒュームの「技巧感嘆論」(Hume, 1985)
  3. フィーギンの「道徳起源論」(Feagin, 1983)
  4. ウォールトンの「感情否定論」(Walton, 1978)

(以下は、モリアルの説明そのものというより、その説明に則りつつ、おれが大急ぎでこれらを読んだうえでの私見が大いに入りこんだ「客観的」とはほど遠いもの、ということをあらかじめご諒承ください)

1つ目アリストテレスの「魂魄浄化論」に関しては、とくだんの解説は要らないであろうが、ごくかんたんに絮言しておくと、人が「悲劇」のような、通常であったら避けてとおりたいであろう出来事を、「劇」という〈うそ〉として享受したがるのは、そうした〈うそ〉としての「かなしみ」を通じて「魂が浄化されるから」、と言われる(じっさいは、この「浄化=カタルシス」の「主体」について議論がないではないのだが、ここでは「通俗的」な解釈に則っておく)。しかし、この「浄化論」は、その説明項が「悲劇」であればまだしも、ほかの「現実世界ではできれば避けてとおりたい出来事」、たとえば恐怖などに対しては、あまり有効ではなく、何より、「魂が浄化されるから」と言われても「はい、そうですか」と納得するにはほど遠い。だが、この「浄化論」にかかずらっていたら先に進めないので、いまは「そういう説があるんです」と言うに留めておこう。

2つ目ヒュームの「技巧感嘆論」は、その名のとおり「悲劇的な出来事を描写する技巧に対する感嘆」という側面に、「通常であったら避けてとおりたいであろう出来事」を進んで享受しようとする理由を見る。たしかにこれは、悲しいことや怖いことを描いた作品から何らかの刺戟を受けるためには、必須のことであるかもしれない。しかし、ひるがえって考えると、はたして悲しいこと怖いことを描いた〈うそ〉を、こうした「技巧」という側面で捉え、そして心動かされている人がいったいどれほどいるのか? じっさいは、そうした「技巧」云々はあまり表面化されずに、そこに描かれる悲しいこと怖いことにストレートに人は反応しているのではないか? そういうわけで、ヒュームの唱えるこの説には「一歩足らず」な印象を覚えてしまう。

3つ目フィーギンの「道徳起源論」は、ドライと言えばドライな見方で、「たとえ〈うそ〉であっても、悲しいことに涙できるわたしってすてき!」(あるいは、「たとえ〈うそ〉であっても、こんなおっかないことに耐え忍べるおれってすげえ!」)というように、〈うそ〉そのものにではなく、そうした〈うそ〉を享受する受け手についての「快」の感覚が、「通常であったら避けてとおりたいであろう出来事」をも進んで享受させる動因となっている、とする。これは、なるほどありそうなこと、ではある。しかし同時に、いささか穿ちすぎ、という気がしないでもない。多くの人はもっとすなおに、〈うそ〉を悲しみ、あるいは恐がり、そして「快」を受けているのではないか?

4つ目ウォールトンの「感情否定論」は、この4つのなかでいちばん「過激」と言えば過激で、何となれば、〈うそ〉にふれて感ずる「悲しみ」や「恐怖」は、あくまで「のようなもの」であって、つまり、じっさいはそうした感情を人びとは抱いていはいない、と主張する。これは、「何らかの感情を抱くためには、その感情を抱くのに関与するあれやこれやが、じっさいのものやことでなければならない」とする「認知主義」の考えに則ったもので、たしかに、この認知主義の考えでいけば、〈うそ〉にまつわるあれやこれやは定義上「じっさい」のものやことに関わらないので、〈うそ〉からいかなる感情も芽生えようがない。しかし、だとすると、〈うそ〉にふれてわれわれが感ずる「悲しみ」や「恐怖」のようなものはいったい何なのか? さらに、ある〈うそ〉を、人にはそうと知らせずに吹き込んだ場合、そこで芽生えるものについては、どう判断したらいいのか?

このように、(〈うそ〉にふれて感ずる「何か」を、じっさいの出来事にふれて感ずる「悲しみ」や「恐怖」とは区別するウォールトンはひとまず措いておいて)いずれの意見も「一長一短」といった感じで、「統一理論」と言うにはほど遠い。それでは、これらを紹介するモリアルは、「〈うそ〉にふれて感ずる『何か』」について、どう考えているのか? 次回はそれを紹介する。


参考文献

Aristotle. 1996. Poetics. Loeb Classical Library.
Currie, Gregory. 1990. The Nature of Fiction. Cambridge University Press.
Davies, David. 2007. Aesthetics and Literature. Continuum.
Feagin, Susan. 1983. "The Pleasure of Tragedy" in American Philosophical Quartery 20: 95-104.
Hume, David. 1985. "Of Tragedy" in Essays: Moral, Political, and Literary. Oxford University Press.
Morreall, John. 1985. "Enjoying Negative Emotions in Fictions" in Philosophy and Literature 9: 95-102.
Walton, Kendall. 1978. "Fearing Fictions" in Journal of Philosophy 75: 5-27.

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コメント
ど、道徳起源論すげー!まったく自分が考えてることと同じだったのでちょっと感動しました。まぁいかにもありそうな考え方ではあるので、そんなものめずらしいものではないでしょうし、細かい点を見れば全然違ったりするのかもしれませんが。
ただ、確かにこの考えに至っても、しばらくすると「その種の感情を否定したいだけではないのか?」と思わないでもなく、穿ちすぎと言われればそのとおりではあります。個人的には悲劇など関係なく表現全般としては、技術感嘆論として紹介されてるような、技術の優位が望ましいと思ってます。でもそれだって「本当にそうか?」っていう疑問は、いまだもってます。
長谷部 2008/02/08(Fri)20:15:00 編集
ひとは何故「真実」に反応しないのか?

こっちの問いのほうが楽に答えられる。
「ひとつしかないから。」
「つまんないから。」

「うそ」の方が面白いし、俺達が運命を選ぶのではなく、運命が俺達を選ぶのである以上、「悲劇」は必然なんだしな、うん。

だから「革命」が、いつまでも意味を持ち続けるんだ。
運命を変えるのさ。
宮本浩樹 2008/02/08(Fri)23:07:00 編集
そうそう、おれもここで言われている「道徳起源論」の提唱者のフィーギン論文を読みながら、「似たようなこと、たしかべーやんも言っていたよな」と思ったんだよね。ただ、これはフィーギンの名誉のためにも言っておかなきゃならないんだけど、おれのまとめ方はちょっとえげつなすぎて、「道徳起源論」というよりもむしろ、ヴェーブレンに倣って「物語の顕示的消費」とでも言ったほうがいいようなものになってしまっていることを、申し添えておきます。

ともあれ、こうした「道徳起源論」にせよ、そして「技巧感嘆論」にせよ、「たしかにそういう場合もあるが、でも」となっちゃうんだよね。もちろん、何もかもを1つの視座のもとに眺めなければいけないということはないのだし(こうした「統一理論への意志」とでもいったものは、それはそれで興味深い「症例」だと思う)、まとめられそうもないところはむりにまとめず、「個々の例には個々の理論」(おれはこれを「ファインマン・アプローチ」と呼んでいる)でもいいとは思えど、でも、やっぱりまとめうることはまとめられたほうが効率がいいわけで。

というわけで、次回モリアルの意見を見たあと、その次の回からはここで紹介された4つの見方を一つひとつ検査していこう、と思っております(って、あいかわらずめんどくさいほうめんどくさいほうに考えを進めてしまうな)。
はやし 2008/02/09(Sat)11:48:00 編集
まず、人はじっさいに〈真実〉に反応しているのだから、宮本さんの言ってることは前提からして間違っており、この時点で話は終わり。そのうえ、仮にこの前提には目をつむるとしても、そのあとの言辞を見るに、おれがここで言っていることをまったく読めていない。

というわけで、相手をするには及びませんな。寝言はどうぞ自分のところで。
はやし 2008/02/09(Sat)11:50:00 編集
>まず、人はじっさいに〈真実〉に反応しているの
かどうか、考えてみようとしないで断言できる人を「哲学研究者」と呼ぶんだろうな。

その前提を疑ってるんだから、「そのあとの言辞」は君の言ってる事とは当然無関係。

「相手」にしないなら黙殺されたし。
宮本浩樹 2008/02/09(Sat)13:30:00 編集
では、遠慮なく(ばかはこれだからほんと困るなあ)。
はやし 2008/02/09(Sat)13:32:00 編集
そうだそうだ、あと「無関係」なのも分かってるから、「寝言は自分のとこでどーぞ」と言ってるんだよ。まあ、大したことも言えやしないと思うけどね。
はやし 2008/02/09(Sat)13:36:00 編集
「ばかは」、その愚かさは俺の主要な資産なんだ。
君達賢こい「研究者」とはちがうのさ。

4年前から分かりきってた事で、今さらなんだけど、
再確認しとくのも有意義かも知れないもんな。

(自分のとこでやれないからここでやってんだよ! 大変なんだぜ、これでも…)
宮本浩樹 2008/02/09(Sat)15:55:00 編集
宮本さんの書込みにふれてつくづく思うことは、「ほんと言葉の扱いが雑だよなあ」ということと、「何て甘えた人なんだ」ということなんだけど、今回のごく少量のサンプルからでも、「現実世界」を「真実」と読み替えたり(ここで言われている意味では〈うそ〉にも〈真実〉は宿るわけで、「うそ/真実」という対は生じようがない)、「ばか」を「愚かさ」と言い換えたり、そして、そういう「読み替え/言い換え」が許される(と勝手に宮本さんが思っている)根拠が、「人の好意に対する甘え」なんだから、もうしようがないね(と、こう言うと、「おれは誰からも理解されようとはしていない」と言うかもしれないけど、だったら何も言わなければいい。こう言っちゃ何だけど、わざわざこちらのリソースを割いてまで宮本さんの「真意」を読解しても、大したおもしろみもありがたみもないことが、いままでの経験から分かってしまっているわけで)。あと、人のことを「前提を疑うことをしない」と言いつつ、そういう自分もまさに「〈うそ〉に反応する」という前提を信じてやまない。そして、その根拠は(たぶん永遠に)示されることはない(これも、自分ではそうと気づいていない、「甘え」の現れ、ですな)。

さらにさらに、「哲学研究者」と人にラベリングすることが、あたかも何らかの「罵倒」であるかのような書きっぷりから伺える、その「ブランド志向」。おれは自分のやってることが何と呼ばれようとかまわないけど、どうやら宮本さんにとってはそういうラベリングが重要らしい。たとえば、それが「一流ブランド品」と呼ばれること、そしてそのことのみに消費価値を見出す人たちのように。

と、芥子粒よりちいさい「更正への期待」をこめてこう書いたけど、理解力と読解力にかける人は、どうせ分かんないのかもねえ。
はやし 2008/02/10(Sun)16:53:00 編集
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