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ナーガールジュナのことをやらされた哲学史ゼミで、再来週から西田幾多郎の『善の研究』をやるので(ちなみに、先週から今週にかけては『正法眼蔵』を読んでます)、一足早く仕込みに入り、その英訳をぼつぼつ読んでいる。

で、まず思ったことは、「分かりやすい!」ということ。これは、西田についてだけではなく、ひろく思弁的な書きものいっぱんに言えることだけど、英語やらフランス語やらドイツ語やらにおいては、そういう思弁的な書きものに見られる言葉づかいと、そうではないものでの言葉づかいの懸隔が、それほどない。まったく当てにならない感覚的判断で言えば、フランス語、英語、そしてドイツ語の順に、「ふつうの言葉づかい」と「思弁的な言葉づかい」の差がひろがってくる、ような気がする(ドイツ語にいたっては、ものによってはかなりその差はひろがる)。そして、そういうへだたりがなければないほど、取りたてたるこちらのチューニングもなしに、そうした言葉が「すっ」とこちらに入ってくる。日本語だと、そうはいかない。

その理由としてはやはり、日本語における漢語の存在というものが、大きいような気がする。つまり、漢語のもつ抽象能力の高さが、じっさいにはあまりよく分かっていないようなことについても、何か分かったような気にさせる機能を担ってしまっている。さらに、これと関連することだが、もともとの漢語のもつ意味というものが換骨奪胎され、何らかの漢語がじっさいにどういった意味で使われているのかよく分からなくなり、結果こちらの当て推量にその判断が任せられるということも生じる。

もちろん、うえで言ったような問題は、べつだん「日本語における漢語」ということにかぎらず、ひろく「読む」ということ(そして、「書く」ということ)いっぱんに見られることだけれども、漢語のもつこうした抽象能力の高さ、そしてそれに由来する意味表示領域の可変域が「諸刃の刃」として機能しがちであることは、何らかの考えをあらわすために日本語で書かれたものと、その翻訳を読みくらべてみると、やはり日本語において思弁的なことを表現する困難というものを、あらためて考えさせられざるをえない。

そんなことを感じた。

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