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約束どおり(?)、総記編哲学・思想編につづいて、文学・文化研究・芸術編をお送りします。

  • Terry Eagleton, The Meaning of Life , Oxford
    Meaning of Lifeというと、おれはこれをすぐ思いうかべてしまうんですが、それはイーグルトンにしても同じことで、何と索引にそのものがエントリされてる! しかし、こういうタイトルの本を書くってのは、どうしても「死に支度」のようなものを感じさせるけど、案外若いんだよね、イーグルトンって(2007年現時点で64歳)。

  • Kimberley Reynolds, Radical Children's Literature , Palgrave Macmillan
    『急進的な児童文学』というタイトルが魅力的だったもので。しかし、考えてみれば、この「急進的Radical 」という語は、「児童」にかかるのだろうか? 「文学」にかかるのだろうか?

  • J.R. McGillis et al. (eds.), The Gothic in Children's Literature , Routledge
    おなじく「児童文学」もので。ゴシックなものと、いわゆる「児童文学」と呼ばれるものとの関係は、何とはなしに分かるような気がする。

  • M. Yoshinaga, Gothic and Lolita , Phaidon
    中身は全然関係ないけど、おなじ「ゴシック」つながりってことで、ここに入れちまえ。にしても、ファイドンからこんなもんが出ちまうとはねえ。たんなるbizarre cultureとしておもしろがられているフシあり。ま、しゃーないけどな。

  • Annette Wannamaker, Boys in Children's Literature and Popular Culture , Routledge
    もひとつ児童文学もの。前にもちょっと書いたことがあるけど、児童文学における「子ども」、とくに「男の子ども」の書かれ方というのは、そうしたものが書かれた時代的制約ということを考慮に容れても、ちょっと看過できない問題があると思う。んで、なぜだか「安全閉域」に匿われていると思しき児童文学を、いちど色んな人が思いきってぶっ叩くべき、と思われる。

  • Jas Elsner, Roman Eyes , Princeton
    「理論Theory 」という言葉が、そもそも「見ることtheorein 」から来ている以上、いくら抽象的に見えようとも「理論」には「見ること」、つまり「視覚性Visuality 」の刻印が拭いがたく押されている(そうした「理論における視覚性」を抜きさろうとしたのがいわゆる「フランス現代思想」であることが、マーティン・ジェイ『伏し目』で詳細に論じられている)。この本は、「ローマ期においてローマ人たちがいかに見たか」を通じて、ローマ人たちの抱いていた理論像や自己把握を明らかにする。たぶん、重要な本だ。

  • Noah D. Guynn, Allegory And Sexual Ethics in the High Middle Ages , Palgrave Macmillan
    これはタイトルからしておもしろそうな本。アレゴリカルと言うか、シンボリックと言うか、イコノロジカルと言うか、何と言ってもいいけど、無理矢理に隠蔽された「思考における視覚の働き」をもういちど掘りおこそうという動きが、この数ディケードにますます活発になってきていて、なかなかたのしい。

  • E.K. Moore et al. (eds.), Enlightened Eye , Rodopi
    「ゲーテと視覚文化」という副題を持つ本も、おおきく言って「視覚と思考」という如上のと同じ問題系列を扱っている。そこにゲーテというマルチプレイヤーを軸に持ってきたとこがミソ。ゲーテも、もちろんヴィルヘルムマイスターも親和力もファウストもどんどんやればいいんだけど、それとおなじくらいの、いやそれ以上の精力を傾注して、その自然科学的な仕事を扱うべきだ。

  • Greg Bottoms, The Colorful Apocalypse , Univ. of Chicago
    副題「アウトサイダーアートを旅する」とあるが、内容は「アウトサイダーアートにおける宗教的主題」とでも言えるもの。著者のボトムズ自身もmental disorderを経験し、その結果ファンダメンタリストに転向したという経緯を持つ。
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コメント
はやしさんが言う、『急進的な児童文学』というタイトルが魅力的だったもので。しかし、考えてみれば、この「急進的Radical 」という語は、「児童」にかかるのだろうか? 「文学」にかかるのだろうか?
に関して、辞書好きな私の愛読書でもある安藤著『現代英文法講義』(開拓社)によると、はっきりとは断言できないが(お持ちの場合は480ページ)、「形容詞は、主要語と関係の深い、特殊なものほどその近くに置かれ、意味が一般的になるにつれて主要語から離れていく傾向にある」と書かれていました。また、andで併置していない面からもradicalは子供にかかるという解釈をしましたがどうでしょう。つまり、はっきりと区別するために下手な役をあえてするなら「急進的な子供に関する文学」ってのはどうでしょう。翻訳やっていてこういう場面多いですよね。そういうときははやしさんの訳のようにごまかしちゃいますけどねw。で、この『現代英文法講義』はこれはめちゃくちゃいいですよ。マジで。
英司 2007/05/18(Fri)18:13:00 編集
これ、じつは、エントリ中ではちょっとした疑問を付してはいますが、答えは8割がた、radicalという形容詞がかかるのはliteratureという名詞、だと思われます。というのも、たしかに形容詞というものは原則として、ひでさんが引かれた英文法書の言うように、その形容詞に位置的に近い名詞にかかるのですが、このRadical Children's Literatureの場合、Children's Literatureという2語で「児童文学」という1つの概念を形成しており、そして、その概念形成に主要な寄与をなしているのは言うまでもなくLiteratureのほうだから、radicalという形容詞はliteratureにかかる、と考えられるからです。
はやし 2007/05/18(Fri)19:21:00 編集
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