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以下に読まれるのは、キム・カスコーンが Computer Music Journal (Vol. 24, Isuue 4) に寄稿した論文「失敗の美学」の一節、「グリッチ小史」を訳出したものである(ここからPDFが入手可能)。末尾に読者の便宜を考え、カスコーンが挙げているアーティストのディスコグラフィーを拡充し載せておいた。参考にせられたい。論考全体に関しては以前のエントリを参照。
1990年代初頭のある時期から、テクノミュージックは、DJやダンスミュージック愛好家からなる、美学的に見れば多かれ少なかれ均質的なマーケットに供するような、予測可能で公式に則って創られたようなジャンルとなった。こうした動きと相即的に、音楽の新しい領域を開拓しようとするDJやプロデューサーたちが現れてきた。ある視点から見れば、テクノというものは、様々な文化的参照項を同化し、それに微調整を加え、そして皮肉めかしてそれらを再提出する「巨大なポストモダン的横領マシーン」として戯画化できる。中古屋で買った得体の知れないレコードからのサンプルで武装したDJたちは、より強い刺激を求めるダンスフロア向けのセットリストに、思いつく限りの音源を何とかミックスしようと四苦八苦していたのだ。DJたちはそういう風に互いの音源の珍奇さを競い合っていたのだから、そうした彼ら彼女らが中古屋で「電子音楽の歴史」を掘り出すのは時間の問題だった。ひとたびそうした電子音楽の歴史開拓への扉が開かれると、そうした歴史の中でより刺激的な作曲家を掘り出すのが流行となった。たくさんのDJやエロクトロニカの作曲家たちが、カールハインツ・シュトックハウゼンやモートン・スボトニックやジョン・ケージを突然好んで聴き出し、それが「グリッチ」という流れを引き起こす大きなきっかけとなった。
パン・ソニックというフィンランドのプロデューサー二人組(彼らは、松下の法務担当員から名前を変えるよう求められるまでは「パナソニック」と名乗っていた)は、エレクトロニカにおける実験に最初に手を染めたものたちの一組に数えられる。パン・ソニックのサウンドを主に構築するミカ・ヴァイニオは、自家製サイン波発生器や、安価なエフェクトペダル、そしてシンセサイザーを使って、高度に合成的/統合的で、ミニマル、そしてエッジの効きまくったサウンドを創り出した。彼らのファーストCD Vakio は1993年の夏にリリースされたが、同時期に流行っていた「アンビエントテクノ」というより穏やかな流れに比べると、まさに「音の衝撃波」であった。パン・ソニックのサウンドは、荒涼としながらも何かが咲き乱れているような工業地帯の風景を想起させた。最初は大人しいテストトーンも、次第にサイン波の低く震えるドローンや、突き刺すような高周波となって溢れ出す。ヴァイニオが創立したレコードレーベル Sähkö Records は、着々とそのリリース数を増やしているが、そこに属するアーティストたちの音は、パン・ソニックのような合成的で、音の削ぎ落とされたミニマルなものである。
前述したように(はやし注:ここでは訳出されていない部分)、ドイツのプロジェクトであるオヴァルは、「CDスキッピング」というテクニックを用い、グリッチの新しい流れを創り出した。何重にも重なり、そして細かく動き回るテクスチャからなる音の土台が、ゆったりと動く、というのが、オヴァルが創り出したグリッチの新たな流れの一つである。他のドイツのグループマウス・オン・マーズは、このような「グリッチの美学」を、よりダンサンブルなフレームワークに流し込み、ざらついたローファイなリズム層が互いに重なり合う、という音を創り出した。
1990年中期以降、「グリッチの美学」はさまざまなテクノのサブジャンル、たとえばドラムンベース、ドリルンベース、トリップホップと呼ばれる音の中にも現れ始めた。エイフェックス・ツイン、LTJブケム、オムニ・トリオ、ワゴン・クライスト、そしてゴールディといったアーティストたちは、「デジタル」と呼ばれる領域で使えるあらゆる操作を用いて実験をした。時間的に伸張されたヴォーカルやビットレートが意図的に8ビットやそれ以下に下げられたドラムは、ヴォーカルやドラムという「自然音」から「人工音」を創り出し、「音」の「素材」としての側面を曝け出すために用いられた最初のテクニックであった。エレクトロニカのより実験的な側面は、成長過程にあり、その語彙を増やしつつあった。
1990年代後半まで、グリッチ・ムーヴメントは、新しい音楽ソフトウェアの登場、もしくは既存ソフトウェアへの新たな機能追加と足並みを揃えており、グリッチの基本形は固まりつつあった。「グリッチ」と呼ばれるアーティストはその数を増やしていった。その中で、日本のプロデューサである池田亮司は、ミカ・ヴァイニオと同様、寒々とした剥き出しの電子音を前面に押し出した、最初のアーティストの一人である。ヴァイニオと比べると池田亮司は、グリッチに厳粛な精神性を持ち込んだ、と言える。+/-と題された彼の1stCDは、グリッチに新しい地平を開いた。そこで聴かれるサウンドは、高周波と短い音が繊細に用いられたもので、聴取者の耳を捉え、「耳鳴り」のような聴取体験を齎すものだ。
池田亮司のように、繊細な音響と破壊的音響を架橋したアーティストとして、他にカールステン・ニコライがいる(彼はノトという名の下、レコードを出し、ライヴを行っている)。ニコライはまた、ラスタ・ノトンという、革新的デジタル・ミュージックに特化したドイツのレーベルの共同設立者でもある。同じ「革新的デジタル・ミュージック」ということで言えば、ピーター・レーバーグ、クリスチャン・フェネス、音響/ネット・アート集団であるファーマーズ・マニュアル、といった面々からなる、ウィーンのメゴもある。ちなみに、レーバーグは、その電子音楽への貢献が評価され、受賞者が毎回二人しかいないアルス・エレクトロニカ・アワード(電子音楽部門)を受賞した。ここ何年かで、グリッチ・ムーヴメントは、デジタル・メディアにおいて新たな語彙を生み出したアーティストを、かなりな数擁するまでに成長した。ごく僅かな名前を挙げるにとどめるが、イメディア、テイラー・デュプリー、竹村延和、ネイナ、リチャード・シャルティエ、ピモン、*0、オートポイエーシス、T:un[k]といった面々が、「グリッチの美学」を開拓する「サウンド・ハッカー第二世代」として現れてきている。
このグリッチ・ムーヴメントの領域を押し広げているのに、ここで言及できなかったアーティストが多数いる。グリッチ音楽の進展に深入りすることは、この記事のスコープを超えているが、この記事の末尾に、あまり深くはグリッチを知らないリスナーにとって、グリッチを聴き始めるスターティング・ポイントとなるようなディスコグラフィーを用意した。
Selected Discography
カールハインツ・シュトックハウゼン
言うまでもなく電子音楽のパイオニア。「コンタクテ」は最初に記譜された電子音楽として名高いが、そんなことを頓着せずとも、見事な作品、と言える。
モートン・スボトニック
やはり「シルバーアップル・オン・ザ・ムーン」が代表作だろうか。初期作も面白い。
ジョン・ケージ
かの有名な「4分33秒」はこれでも聴けるが……。普通の意味での「音楽」としては、「イマジナリー・ランドスケープ」(第2編だけがこのCDで聴ける)、「レコード針音楽=DJ音楽」の先駆とも言える「ウィリアムズ・ミックス」(このCDで聴ける)が薦められる、か。「ピアノ」という「テクノロジー」を「誤用」した「テクノ音楽」としての「プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード」はやはり素晴らしい。
パン・ソニック
文中では Vakio が挙げられているが、パン・ソニックでどれか一枚、ということになれば、A ということになるのではないか? メンバー二人(ミカ・ヴァイニオ、イルポ・ヴァイサネン)のソロ作としては、それぞれ Onko 、Angel を挙げておく。
オヴァル
これはもう Systemische で決まり。オヴァルはこれ一枚あれば、あとはもう何も要りません。この記事もよろしければご覧あれ。
マウス・オン・マーズ
マウス・オン・マーズか……おれ、苦手なんだよな……って、それはともかく、どれか一枚ということなら「ニウン・ニグン」かな(おれが個人的に好きなのは「グラム」)。ただ、やっぱり、ここでの文脈で言う「テクノロジーの奇形的使用」ということでは、マウス・オン・マーズのヤン・ヴェルナーが主宰するレーベル、Sonig やら A-Musik やらの連中の方が、当てはまっている。ということで、ついでにF.X.ランドミッツの Goflex を紹介しておく。
エイフェックスやら何やら
エイフェックス・ツインに関しては、一枚に絞るのは難しい。「テクノ」だ「アンビエント」だ、なんて言うジャンル呼称をかぶせるのが空しくなるぐらい素晴らしい Selected Ambient Works, Vol. 2 、ぱっと聴き淡々としているんだけど、やはり只者ではないと思わせる I Care Because You Do 、狂気すれすれの職人技満載の Richard D. James Album あたりをさらっと。あとのLTJブケムやらオムニトリオやらは……よく知らん。誰かオススメ盤教えてください。
池田亮司
今のところ出ている音源全てを「傑作」と言っても差し支えないが、やはり文中でも触れられている+/- が代表作、か。池田亮司が音響を担当する複合藝術集団ダムタイプの各音源も素晴らしい。とくに「[OR]」がいい。
カールステン・ニコライとその仲間たち
ノト名義の作品としてはミル・プラトーからの Prototypes が一番完成度が高いか(にしても、この手の音、品切れだらけだなあ)。ニコライ主宰のラスタ・ノトンからの音源としては、おれの趣味でコメットを薦める。
メゴ周辺
ピーター・レーバーグはこの手のディスクレヴューとなると必ず挙がる Faßt を、フェネスは各方面で評価の高い Endless Summer を、ファーマーズ・マニュアルはおれの趣味で No Backup を挙げておこう。メゴは他にも面白い音源がたくさんあるのだが、ここはあと一枚、「グリッチ・ゴス・メタル」とでも言うべき Fuckhead を挙げておこう。
グリッチ第二世代
疲れてきたので駆け足に。テイラー・デュプリーはラスタ・ノトンからの Polr やミル・プラトーからの Balance が秀逸なのだが、品切れなので入手可能そうなこれを、竹村延和はおれの趣味で Scope を、ネイナは「オヴァルまんま」な Subconsciousness を、リチャード・シャルティエは 12k 傘下 Line からの Series を、ピモンはジャケがかわいいから Secret Sleeping Birds を、オートポイエーシスは選ぶもくそもなくリリースがあんまないから La Vie Á Noir を、ぞぞぞ、っと紹介。*0やらT:un[k]やらは、すんません、あんま聴いたことないです。
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