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先日ネット上で文献を漁っていたら、ASL(記号論理学会 The Association for Symbolic Logic)作成の「論理教育ガイドライン」を発見し、これがなかなか興味深く、さらに、ロジックを独学する人にとってもひとつの「目安」を提示するものとして有益であろうので、さらっと紹介する。
ASLのガイドラインは、論理教育の区分を「大学入学以前」と「大学入学以後」に分け、おもに後者に焦点を当ててガイドラインを提示していくわけだが、「大学以前の論理教育」に関してもごくかんたんにその指針を示している。まずはそれを見ておこう。
- 5歳から9歳
「よい議論」と「わるい議論」の薄ぼんやりとした区別を付ける。 - 10歳から13歳
議論の諸命題(議論そのものやその前提)の述べ方、推論の仕方、そして結果の解釈を、非形式的なかたちで理解する。 - 14歳から17歳
各種論理的概念や論理的技法を、おもに数学の授業を通じて形式的に学ぶ。
こうしたことが、「大学入学以降」の論理教育にとってひじょうに大切な基盤となる1。
さて、そうした「基盤」の上に、大学に入ってからの論理教育が施されるわけだが、大学に入ったからといっていきなりその抽象の度合いが高まるわけではない。大学に入ってからもまずは、その後の論理教育でごく形式的なかたちで登場する「論理的登場人物」を、ごく非形式的なかたちで学ぶことに主眼がおかれる。そして、そうした論理的概念の非形式的導入につづいて、命題論理や述語論理が教えられることになる。
- 「論理的に正しい議論」の概念
- 論理的に正しい議論の仕方と、間違った議論に対する反例の与え方
- 命題論理を通じての、形式言語、形式的証明、そして自然言語の形式化の理解
- 証明、真理、そして反例といった論理概念のあいだの関係、そして健全性定理について
- 命題論理の拡張としての述語論理の導入
- (時間が許せば)完全性定理についての非形式的議論
上に挙げたようなことが大学初年度において、ほぼその履修学生の専攻を選ばずに教えられることになる。ここまでは、ロジックを専門的に学ぶか否かに限らず、全学生が「常識」として知っておくべきことである。
つづいて、「専門的ロジック」への橋渡しとして、つぎのようなことが教えられる。
- 集合の基礎知識(二項関係、対角法、非可算集合の存在証明、可算集合の特徴など)
- 帰納的定義、帰納的推論
- 命題および述語論理(非形式的議論の形式化、数学と科学における公理的方法)
- 意味論(真理と妥当性、定義可能性、健全性定理、無矛盾の概念、ゲーデルの完全性定理)
- モデル理論入門(少なくとも可算言語のコンパクト性定理まで)
- ゲーデルの不完全性定理(その哲学的および基礎論的帰結)
これらのことが、大学専門過程から大学院初年度にかけて教えられる2。
さらに、より専門性を高めたレヴェルでは、以下のことが教えられる。
- 証明論入門(自然演繹、ゲンツェンの基本定理、エルブランの定理)
- モデル理論の話題(可算言語に対するレーヴェンハイム=スコーレムの定理、稠密線形理論の決定性、一階述語論理では表せない数学の概念の例、算術の非標準モデル)
- 集合論の話題(基数および順序数の算術、選択公理)
- 計算論入門(エフェクティヴな計算可能性のモデル、チャーチの提唱、絶対的に不可解な問題、妥当性の決定不可能性)
- 各種非古典論理入門(直観論理、高階論理、様相論理、時相論理、無限論理、矛盾許容論理など)
- 計算機科学における論理学の応用概論(PROLOGやLISPを通じて)
ここまでが、広くロジックを(あるいは、その関連領域を)専門とする人がひとしく知っておくべき話題となる。これらは、おもに大学専門過程後期から大学院初年度にかけて教えられる。
というわけで、やや詳しく提案内容を見たが、ここで提案されていることと日本での現状を比べてみるに、初等教育における論理教育は言うにおよばず、大学に入ってからも(おれの知るかぎり)ここで提案されているようなことが満足に教えられているとは思えない。さらに、嘆かわしいのは、ある程度専門性の高いかたちでロジックが教えられている学校が、日本にはごく限られた数しかない、ということだろう3。このガイドラインが、そうした日本の恵まれぬロジック環境にストレスを覚えている人に、いくらかでも手がかりを与えることができれば、さいわい。
1 が、日本においてはざんねんながら、そのいずれもが満足に果たされていない。
2 「独学でロジックを学ぶ」という場合には、たぶんここら辺までをとりあえずの目標とすべきだだろう
3 この補題として、「日本における哲学科」というところがいまだに「大陸哲学」一辺倒であるという(これまた嘆かわしい)現状がある。
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