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「自分の頭で考える」ことをめぐる中坊俊平太とのやりとり(このエントリ冒頭で、その推移をまとめてある)は、中坊の「(「自分の頭で考える」のは)普通に「なしだよね」と言っておくことにする」というこちらでの宣言で、いちおうの終熄を見た。しかし、本人がそう言っているのをよそにこう言うのもなんだが、やはり中坊は「それでも『自分の頭で考える』のはありである」と言いつづけるべきではなかったのではないか、と思う。

もちろん、如上の発言がなされたエントリでも、「『自分の頭で考える』のはなしである」とストレートに認めることへの躊躇は、いまだ中坊に見られる。しかし、とまた「本人がそう言っている」ということをよそに言ってしまえば、「自分自身『外部的知識の吸収/検分』ができていないから」というのは、当初中坊が「『自分の頭で考える』のはありである」と言い募っていた動機とはあまり関係がないように思える。だから、この稿では、おれの「自分の頭で考える」観をあらためて提示しつつ、ひるがえって、そうした「自分の頭で考える」観と最大限整合的な「『自分の頭で考える』のはありである」と言える地点を探ってみたい。

まず、おれの排撃する「自分の頭で考える」というのは、「外部的知識の吸収/検分ができていない」ということを以てただち「そうである」と言われるものではないことに注意しよう。そうではなく、「自分の頭で考える」とは何より、「外部的知識」の軽視、そしてその補題としての「対話の拒否」によって特徴づけられる。だから、「外部的知識の吸収/検分ができない/できる」という二分法が「自分の頭で考える/考えない」という事態と相即的であるわけでは、まったくない。

それでは、中坊はなにゆえに「自分の頭で考える」ことを、その「無理」を承知であえて称揚しようとしたのか? 乱暴にとりまとめてしまえば、それは、「自分の頭で考える、つまり、外部的知識の吸収/検分という『たが』を取り外したほうが、(議論においてであれ何であれ)不可測な『展開』が見られ、おもしろい」ということであろう。これは、ある一面においては、つまり、そうした「自分の頭で考える」という局面を恒久的によしとするのでなければ、じゅうぶんに認めうる。何となれば、つねに「外部的知識」のくびきにとらわれることは、たしかにある「展開」を阻害することがままあるからだ(このことは、「発想法」のひとつとして、「ブレインストーミング」なるものがそれなりに有効であることからも知られよう)。

ただ、繰りかえせば、「自分の頭で考える」ことがある「展開」を促すことに(ときに)寄与するからと言って、そうした「自分の頭で考える」が「つねにただしい」ということにはならないだろう。そのように、「袋小路な現状打破」を狙って「自分の頭で考え」、そして何らかのあらたな「展開」を目指すにせよ、そうして「自分の頭で考え」られた「現状打開策」は、事後的にではあれ「外部的知識」との比較考査によって、その「精度」が吟味される。何らかの行き詰まりを感じ、そして「自分の頭で考え」、そこから何の反省も経ずに「当たって砕ける」のを「つねによし」とするのは、あまりに「無謀」にすぎるというものであろう。

だから、ある場面あるときには、「外部的知識」をかっこにくくり「自分の頭で考える」のは、たしかに「あり」である。しかし、「自分の頭で考える」のが「ある場面あるとき」に有効だからと言って、それがいつもただしい有効であるとは言えない。しかも、そうして考えられたことは、「外部的知識」と引き合わされることによって、さらに「精製」、そして「展開」される必要がある(そのように、「考える」ことが「知る」ことを引きよせ、「知る」ことによって「考える」が加速される……)。つまり、「自分の頭で考える」のも「あり」だし、「外部的知識の吸収/検分」もまた「あり」、というわけだ。

「自分の頭で考える」と「外部的知識の吸収/検分」であれ何であれ、ほんらい排反的でないものにむりやり対立構造を見出し、そしてそのどちらかを排他的に称揚するのはやはりまちがっているし、そして何より、つまらないことだ。「自分の頭で考える」ことをあえて公言し、以て「外部的知識の吸収/検分」を貶める(じっさいには、「貶める」ことを「無視する」ことの口実とする)人たちは、そうした「にせの対立構造」にとらわれたものの、代表例である。そうした「まちがえ」は、それこそ「展開」を求めるために、ただされなければならない。そして、「自分の頭で考える」を「あり」としつつ、だが、そうした「自分の頭で考える」ことをカテゴリカルに称揚する人たちを「なし」とすることは、けっして両立しえぬことではない。だから、中坊は「自分の頭で考える」を「あり」とできるし、おれはそれ(を専一に言祝ぐ人たち)を「なし」とできる。そのことも、けっして両立しえぬことではない。問題は、中坊の「あり」であることの言い募り方がうまくなかった、ただそれだけである。

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