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スペクタクルは、有無を言わさず、また到達不可能である巨大な肯定として現れる。それは「現れるものは善く、善いものは現れる」とだけしか言わない。スペクタクルが原則として要求する/必要とする態度は「受動的容認」であり、それはスペクタクルの「応答なしの現れ」といったやり口や、現れ/見た目を独占することによって、すでに手に入れられていたものである。
突然の復活。
さて、ここではスペクタクルというものが、どう人心を掌握し、支配するのか、ということの原則論が語られる。スペクタクルは、その「見せ物」という語義を想起すれば容易に分かるように、何であれ「見ること」に、そしてその「見ること」の原因/結果でもある「見た目/現れ」に重きを置く。そして、そのように現れたものに対してその受け手は、それをただただ受動的に受け取り、そして肯定するしかない。その上、そのような「現れ」は無批判に「善」として受け取られ、「逆もまた真なり」とされる(ここで言われる「現れるものは善く、善いものは現れる」とは、ヘーゲルの「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」のパロディである)。このような状況というのは、日本における尋常ならざるテレビ文化、ひいては大きく「マスコミ」というものを無用に高く評価する心性を想起してもらえればすぐさま合点がいくであろう。この国ではメディア露出が多いほど、それは「よいもの」とされる。ただ、昨今の状況(セグメントの細分化、ネットの普及)を考えると、この辺りは今後どう動くか未知なところがあり、その動向にあわせてドゥボールの論も鋳直していかなければならないことにもなるだろう。
でも、何度かいったことがあると思いますが、おれはけっこうねばっこい性格なんで、時間はかかってもある程度やりとげよう、と思ってます。
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