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ボルヘスのものとされる有名な言葉に「藝術とは(あるいは詩とは、またあるいは幻想文学とは)火と代数(の結合)である」というものがある。「ボルヘスのものとされる」ともってまわった言いかたをしたのは、この言葉で検索をかけてひっかかった記事にはその出典情報がまったく見あたらないからだ。

もちろん、この「火と代数」というカップリングじたいは「トロン、ウクバール、オルビス・テルティウス」にあらわれることはひろくしられているとおもう。ただ、「トロン、ウクバール、オルビス・テルティウス」には、そのカップリングと藝術(あるいは詩、またあるいは幻想文学)を明示的に架橋する文言はない。

というわけで、調べてみることにした。

さて、ぼくのもっている二巻本ボルヘス全集に風をとおしてみると、「火と代数」というカップリングは、くだんの「トロン、ウクバール、オルビス・テルティウス」以外に、すくなくともあとふたつ用例があることがわかった。まずひとつめは、「マタイ XXV: 30」という詩の一節にあらわれる。
星、パン、東西の図書館
遊戯カード、チェス盤、ギャラリー、天光、地下室
地上をあるきまわる人体
夜ごとに、そして死してなおのびつづける爪
忘却をうながす影、増殖にいそがしい鏡
歴史上もっとも優美な、音楽のほとばしり
ブラジルとウルグアイの国ざかい、馬と朝
青銅の重み、グレッティル・サーガの写本
代数と火、血潮にながれるユニンの責務
(Jorge Luis Borges, Obras Completas I, p. 874)
一読すぐ気づくように、この事物の列挙は、「トロン、ウクバール、オルビス・テルティウス」で「火と代数」という表現がでてくる箇所によくにている。ただ、やはり、この詩においても、火と代数と、そして藝術(あるいは詩、またあるいは幻想文学)をちょくせつにつなげるものはない。

もうひとつ、ぼくが気づけたかぎりでの「火と代数」の用例は、「侮蔑の技法」という文章のつぎの一文。
きわめて辛辣な男であったスウィフトは、レミュエル・ガリヴァー船長の旅行記において、人類の価値をおとしめにかかった。小人国リリパットおよび巨人国ブロブディンナグへの最初の旅行は、レズリー・スティーヴンが示唆するように、火と代数の複合体たるわれわれの関知しえぬ事柄にかんする、人間尺度にひきもどされた夢ということができる。
(Ibid., p. 422)
ここでの「火と代数」という表現の使われかたは、その対としての性格が見やすい。(ちょっとのぞいてみた英訳では、"su fuego y su álgebra" が、端的に "its passion, and its rigor" と訳されていた)それでも、やはり、火と代数と藝術(あるいは詩、またあるいは幻想文学)をつなげるものは、ここにはない。

おもうに、火と代数と、そして藝術、とくに文学とのつながりがここまで人口に膾炙したのは、(大部分の人はそれとはしらずにうけている)ジョン・バースの影響なのではないか。バースの『金曜日の本』におさめられた、その名も「火と代数」という講演録に、つぎのようにある。
ここで代数を技法、あるいは文学作品の技術的形式的側面をあらわすものとしましょう。そして火は、作家の情熱、彼や彼女がなんとかうまく表現しようしている事物をあらわすとしましょう。しかるに、わたしのいいたいことの要諦は、よい文学とは火と代数をふたつながらふくみこみ、そして必要とするものである、となります。
(John Barth, The Friday Book, p. 167)
バースにおいて端的に、火と代数とそして文学とがむすびつけられる。そして、このバースの定式化を経由して、「藝術とは(あるいは詩とは、またあるいは幻想文学とは)火と代数(の結合)である」という文言がボルヘスその人じしんのものとされたのではないか。そんなふうにおもわれる。

ちなみに、「火」以外に代数とともにあらわれるものに「月」があり、こちらのほうがイメージ的にはうつくしい。
いちど、ぼくはきみをつかまえた。
でもきみは
幾星雲もへだてた
とおくはなれたところにいまはいる。
そしてきみはぼくにとって
代数と月ぐらいかけはなれた
そんな存在になってしまったような気がする。
(「ドイツ語に」in Borges, op. cit., p. 1120)
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