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カルチュラルスタディーズ系の学術誌Social Text に送ったまるっきり無内容なパロディ論文「境界を侵犯する」(Available Online)がまんまと掲載され、その直後に「あれはじつは、てんでデタラメなことが書いてある論文だった」という暴露記事をLingua Franca 載っけたことに端を発する「ソーカル事件 Sokal Affair 」のアラン・ソーカルの新著『悪ふざけをこえて Beyond the Hoax 』(ちなみに、Sokal AffairSokal Hoax とも呼ばれる)が出たので、さっそく取寄せて読んでいる。

この本は、つぎの3部から成っている。第1部では、上述の「ソーカル事件」を振りかえり、その顛末や、そこで得られた教訓等が述べられる。第2部では、「ソーカル事件」後にソーカルがジャン・ブリクモンとともに書いた『知の欺瞞』において、その標的になった著作家たちがおおむね共有する相対主義的傾向が、より踏み込んだかたちで批判される。第3部では、「戦線」をより拡大し、宗教的政治的言説に潜む「事実に基づき、きちんと考える」という姿勢の軽視が批判される。

いまだ、第1部の、しかもソーカルのパロディ論文を読んでいるとちゅうなのだけど、これがめっぽうおもしろい(この論文が侃々諤々の争乱を引き起こしていた渦中、ほとんどリアルタイムでことの推移を見守っていたのだけど、当のパロディ論文は、「どうせデタラメなことが書いてあるんだから、わざわざ読むには及ばない」と思ってしまい、じっさいに読むのは今回がはじめて)。

今回の再録に際して、ソーカル自身による註釈があらたに付けられており、そこで開陳される「ポストモダンの人たちの書きものの特徴」が「そうそう、こういう書き方するよね!」と、ひたすら下世話にたのしい。たとえば、このパロディ論文のタイトルは、正式には、「境界を侵犯する: 量子重力の変形的解釈学にむけて Transgressing the boundaries: Towards a transformative hermeneutics of quantum gravity」というのだけど、ここですでに、ポモっちさを発揮する特色がいくつも現れている。まず、タイトルは動名詞、つまり~ingというかたちではじまらなければならない。つぎに、それはまたコロン(:)で区切られたふたつのパートからなり、少なくともひとつ以上の「言葉遊び」が含まれているとのぞましい。そして、いちばん重要なこととして、「タイトルを見ただけでは、論文の主張が分からない」という曖昧さを、それは有していなければならない。

容易に分かるとおり、これらの特徴は掃いて捨てるほど、いわゆる「ポストモダン」と呼ばれる書きものに見られるものである。もっとも、こうしたタイトルのstylisticやplayに関しては、それほど目くじらをたてるものでもない。問題になってくるのは、やはり、とうてい素朴には認められないような前提を仮定したうえで、「自分でも分かっていないこと」に依拠しつつ「論」を進める、という、『知の欺瞞』で攻撃された人たちがひろく共有する、その「不誠実さ」であろう。

「自分でも分かっていないこと」に依拠する「不誠実さ」については、それこそ『知の欺瞞』を見てもらえればいいので、ここでは「とうてい素朴には認められないような前提」についてふれる。ソーカルは、このパロディ論文のイントロダクトリパートにおいて、つぎのように言う。

以下のことが近年ますます明らかになってきている。つまり、物理的「現実」は、社会的「言現実」に負けず劣らず、とどのつまりは社会的および言語的構築物である、ということ。科学的「知識」は、客観的であるどころか、そうした「知識」を生み出した文化の支配的イデオロギーと力関係を反映・エンコードしている、ということ。科学の真理主張は本質的に理論負荷的であり、自己参照的である、ということ。ゆえに、科学的共同体は、その否定されざる価値について、反体制的あるいはマージナルなコミュニティが発する反主流的語りに比して、特権的な認識論的地位を主張することはできない、ということ。

Alan Sokal, Beyond the Hoax, p. 9

この部分に付けられた註において、「『現実』ということばは、つねにカッコをともなって用いられなければならない」と言われており、「いるいる、そういう人! つうか、おれもときどきそういうふうにしちゃってるな!」と反省することしきりではあるのだけど、それはともかく、ここで言われていることは、「近年ますます明らかになっている」どころか、いまだかつて「明らかに」されたことなぞないような、そんな主張ばかり、である。しかし、あるサークル内においては、こうしたことはほとんど「常識」らしい。そうソーカルは言う。

たしかに、上で言われたような「擬-命題」たちは、決定的なかたちで否定されたことは、とりあえずない(主な理由は、「ばからしくてまともに取りあってらんないよ」ということかもしれないが)。しかし、ひるがえって、どういった「科学共同体」が「何」に関して、その「認識論的上位性」を「マージナルなコミュニティ」の発言について主張したというのか? もちろん、「科学的知識」については、あからさまにそう言わなくとも、たとえば女性権利団体が持つ「科学的知識」よりも、自分たちの有するそれのほうが信頼度は高い、と思っているであろう。だが、それに何の問題があると言うのか? もし、如上のような命題が、そのまさに逆、つまり、ここでの例で言えば、たとえば女性権利団体のほうが科学的知識について科学者団体よりも聞くに値する発言をしうる、ということをも含意するのであれば(そして、このソーカルの例を度外視しても、そのような主張をしたげな書きものというのは、たしかにある)、科学者たちのほうが女性問題に関して、女性権利団体よりも聞くに値する発言をしうる、とも言えるのではないか? しかし、この視点は、けっして採られることはない。

……と、このように、「パロディ論文」とはいえ、たんにすちゃらかなわけではなく、その註釈とあわせ読むと、ひじょうにおおくのことを考えさせる。たしかに、ソーカルのしたこと自体は、あまり褒められたことではない。しかし、ろくにソーカルの「論文」を査読もせず(ソーカルも言うように、少しでもまともな頭を持っていれば、これがしっちゃかめっちゃかなしろものであることぐらい、すぐ分かるはずなのだ)、その「雰囲気」だけで掲載を決めてしまったSocial Text 側の落ち度のほうが、やはりより深刻に思える。

というわけで、この註釈つきパロディ論文だけでも読む価値ありだと思うので、読んだことない、という人は読むといいかもしれません。

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その昔、シンサヨクの方々がよく大学の構内で拡声器でもって、いつもと言っていいほど「・・・であるのは今や明らかであり、・・・であるのは明らかである。」ってな感じで、おっしゃっていました。聞くたびに、一体どこが明らかなの???と笑ったものです。あれも、シンサヨクというサークルの中では、きっと明らかだったのだろうなあと今思いました。「・・・であるのは明らか」と簡単に言い切る類のものは、間違いなくイテオロギーや宗教の類であり、ポストモダンというのは、控え目に言って、思想、ストレートに言うと矢張りイデオロギーだったのではなかろうかと ふと思いました。
ぷっつん大吉 2008/05/11(Sun)02:45:00 編集
「あるサークルのなかでのみ明らか」とか「イデオロギーや宗教に近い」とある考えについて言うと、そうした考えを奉じる人たちは決まって「じゃあ、お前自身についてはどうなんだ?」っておうおうにして言ったりしますけど、そういう人たちはものごとには程度ってもんがあることが分かんないんですかね。まあ、ポストモダンにかぎらず、ある種の哲学的命題というのは、その真偽の最終的な検証はきわめて困難なので、(少なくともソーカル&ブリクモンが批判しているような)「ポストモダン」的言辞を弄する人たちと、おおかたの(と信じたいですが)哲学者の違いは、その「慎ましさ」や「羞恥心」にあるのではないかと。
はやし 2008/05/11(Sun)12:29:00 編集
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