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最近エーコの『論文作法』を読み返しているのだけど、表題に掲げたような文言にぶち当たり、ほんとそうだよな、と思った。

エーコはここで、論文、それも博士論文レベルのものを念頭においてこう言っているのだけど、それこそ「潜在的」には、何かものを書く、というのは、「人類」に向けて行われたいとなみである。もちろん、具体性がまるきり捨象された、その名宛人が見えないような言葉は、何ほどかの力も持たないだろう。個別でありながら普遍であること。むしろ、普遍であるためにはある種の個別性に根ざす必要があること。

……あらぬ方向に話が流れそうだが、ともあれ、エーコのこの本はいろんな意味で面白く、そしてためになる。次回もこのネタで引っぱってみたい。

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僕程度の何も書ききれてない人間が言うのはなんですが、確かにそういう普遍的な公共事業とでもいうような感覚というのは実際にありますね。人類とか言い出すと誇大妄想気味に思われそうですけれど。
長谷部 2007/06/08(Fri)13:32:00 編集
特殊な、個別な事項を極めて行ってある時、その研究内容が普遍に通じることがわかる・・・、それは自然科学の分野で究極の快感なのでしょう。いまだその境地には達しませんが。それにはやはり年季がいります。
ジャック・どんどん 2007/06/08(Fri)20:31:00 編集
どういうものを書くのであれ、ごく狭いサークル内で自足することだけを念頭におくのではなく(かりにじっさいそういう「狭いサークル内」で文章の生涯が終わるにしても、です)、時空を超えた地点に向けて言葉を放り出さないと、ぎゃくに「狭いサークル内」においてすら通じない、という思いもあるんですよね。だから、「人類に向けて書く」というの、はおおげさなことでも何でもなく、基本中の基本、だと思えるわけです。
はやし 2007/06/08(Fri)21:34:00 編集
どんどんさんは自然科学的な分野についての学問を念頭において言われていますが、もちろん、いわゆる人文・社会的な学問においても、この命題は通用します。それは、長谷部さんのコメントでも言ったような、「言葉」というものがそもそも、ある種の「普遍」に担保されたかたちで成立している、という原基的な部分でのみならず、その語る「内容」において考えても、そうです。そうは言ってもやはり、そうした「普遍」に到達するのは、自然科学的なものであれ、人文・社会的なそれであれ、むずかしい。そこが、話を学的な位相に定位しますが、そうしたものの面白さ、でもあると思います。
はやし 2007/06/08(Fri)21:40:00 編集
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