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だが、すべては等しい、と言い、すべては回帰する、と言っても、それは、差異の極点に達した限りでのことである。そうした「差異の極点」とは、幾多もの声からなるすべての多なるものにとっては「唯一の同じ声」がそれであり、すべての水のしずくにとっては「唯一の同じ大洋」がそれであり、すべての存在者にとっては「《存在》のざわめき」がそれである。

G. Deleuze, Différence et Répétition, pp.388-389



ドゥルーズ『差異と反復』の最後の一節の一部。

極言すれば、ここに出てくる「すべての水のしずくにとっての、唯一で同じ大洋」というもののイメージさえ、「ああ」と感得できれば、何もこの大著を始めから終わりまで読み通すことはない。畢竟、ただそういうことであり、この本の他の部分は、詮索好きで細かいことの気になる暇人(……scholar……学者!)のためのものだ。あとはただ、書物を閉じ、「《存在》のざわめき」に耳を澄ませばよい。

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常々『全ての地下水は大海へ』と考えてるけど そんなん? 大雑把過ぎかね。

早起きしたみたいだけど 
腰はどうよ?
mom 2006/06/18(Sun)13:59:00 編集
ここでの要諦はたぶん、「しずく」というその「つぶつぶ性」、つまり、「しずく」という段階では「ひとしずく」というふうに言うことのできる可算性にある、と思われるので、「全ての地下水は大海へ」というのは、当たらずとも遠からずではあるけど、重要な側面を捉え損ねているふしはあり。

腰は、相変わらずよくないね。
はやし 2006/06/19(Mon)16:58:00 編集
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» Across the Universe
訳してみた。 ジョンが感じていたことは、解る気がする。彼がこの時期、感じていた微妙なニュアンス。イマジンできる人が一瞬にして感じ取る目には見えないもの。原文はこちら。
URL 2006/06/17(Sat)18:51
» 存在のざわめき、すべてが等しくなるとき
はやしさんのBlogのドゥルーズに関する簡単な文書を読んだときに、僕は何がなんだかよくわからなかった。一体ドゥルーズが何を言おうとしているのか、そのことが全く掴めないような気がした。以下は財津理氏が訳した「差異と反復」最後の文章である。はやしさんのBLOGと反復するけれど一応載せておこう。 そこでは、ただ「すべてが等しい!」そして「すべてが還帰する!」という声が鳴り響くばかりである。しかし<すべてが等しい>と<すべてが還帰する>は、差異の極限的な尖端に達するときにしか言われえない。幾戦もの声をもつ多様...
URL 2006/06/24(Sat)12:11
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