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これはあまり言ったことがないことだけれども、大学の専門を決めるとき、美学をやろうかなあ、と少しだけ思っていたことがあった。

美学、というのは、何だかへんてこりんな学問だ。もちろん、「美」というものを扱う学問、というのはそうなんだろうし、そうであればいきおい、いわゆる「美術/藝術」と呼ばれる領域のことどもに触れもし、その点で美術史などの藝術学なんかとも当然かぶる面もありはする。

だが、藝術学と呼ばれる領域はおおむね、各々の藝術作品の「個別性」に軸足を置いて、その個別性を起点とした時間的空間的な布置構造を主に云々するのに対して、美学というものはそうした個別性から(仮初めでではあれ)出発するにしても、最終的にはそうした個別性を消去する方向に歩みを進めるように思う。

そもそも、「美学aesthetics 」とは「感性学」とでも訳されるべきもので、それがなぜ「美」をもっぱら考究するものとしての「美学」になったか、というと、これはバウムガルテンがその名もAesthetica (1750/1758)において、このaestheticaというものを「感性の最高形態」たる「美」をもっぱらにすべし、とのマニフェストをぶち上げたからだ(一方カントの『純粋理性批判』においては、このÄsthetikという言葉が「もっぱら美」を扱うものとしてではなく、広く「感性一般」を扱うものとして用いられている)。

「感性学」というインプリケーションが裏に潜む「美学」はだから、個々具体的な「美しいもの」から出発するにしても、探求すべきはそうした「美」を感じ、そして創り出す「感性」である。だからこそカントはそうしたラインで、個人的には藝術的なものへの関心が薄かったにせよ、曲がりなりにも「美」そして藝術を論じることが出来たのだし(『判断力批判』)、ヴァレリーの舌鋒(「美しくないものたちが汚い部屋で『美』について語っている」)も「的を外したものである」と強がることも出来る。

ただ、おれが美学に惹きつけられたのは、そうしたオーセンティックな「美学」が齎すあれこれではなく、アドルノの『美学理論Ästhetische Theorie 』のあの冒頭の一節に、この学に潜む、何か不穏なもの、を嗅ぎ取ったからだった(「藝術に関わることで自明なことは何もない、ということが自明になった」)。そこから、ボードレールのモデルニテ論を経て、そしてハバーマスのNeue Zeit論へ、というのが、おれの「美学遍歴」なのだから、偏向していること極まりない。

こんな風に思い返してみると、この「遍歴」から得たものは、おれの「知的感性」にとって何か重要なものを与えた、という感じがする。その「何か」というのはよく分からないけれど。



書誌
今道友信他『講座美学』(東京大学出版会)
カント『純粋理性批判』(岩波書店)。原書はこちら
カント『判断力批判』(岩波書店)。原書はこちら
アドルノ『美の理論』(河出書房新社)。原書はこちら
ボードレール『藝術批評』(ガリマール)
ハバーマス『近代の哲学的ディスクルス』(岩波書店)。原書はこちら

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