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で、本来なら、その特別講義で語られたことをそれなりの粒度で記すべきなんでしょうが、それをするのもおっくうなので、講義に出て感じたあれこれをそぞろに思いおこし、そしてまとめると、バルトがナポレオン末弟ジェロームの写真を見て覚えたのと同じ種類の感動3、つまり、「これはぼくがルイスの考えに出した反論なんだけど……」とクリプキが言うと、すぐさまそれら議論が繰広げられたクリプキおよびルイスの著作の該当箇所がまざまざと思いうかんだり、もっと言えば、そうした呼び水がなくとも、ただクリプキのすがたをそこに見ているだけで、「ああ、様相論理に意味論を供給した人が、ここにいる」という、よく言うと「歴史が自分とつながる、という経験がもたらす感動」、わるく言うと「単なるミーハー意識の満足」が得られ、そして、それはある意味、「講義内容」などというよりものちのちに響いてくる、そんなものでした。
また、講義のあとの「クリプキを囲むパーティー」にもとうぜん出てきたのですが、アメリカ時代のスーパーヴァイザーの先生から聞いた話がかなり強烈で、何か下手なこと言って激昴されてはかなわんと思い、しばらく遠巻きに観察に徹していると、いつの間にやら「哲学科主催クリプキサイン会」のような様相を呈してきて、そこですかさず携行したNaming and Necessityを持って列に並んだら、サインをしてもらったあともその列に阻まれてクリプキのいるテーブルから動けなくなり、けっきょくパーティーのほぼすべてをクリプキといっしょのテーブルで過ごすことになってしまいました。そして、そういう次第でクリプキと、紛うことなき「さし」の状態でいろいろ話をして思ったこと: 何だ、クリプキすげえいい人じゃん!
これは年輪を重ねて丸くなったってことも多分にあるかもしれませんが、じっさいのクリプキは、奇矯なところなどほとんどなく4、見た目どおりの「いつもにこにこしている人のいいおじいちゃん」で、先行イメージだけでさいしょ遠ざけていたことが、何だか申し訳なく感じられます。
というわけで、ひじょうに、ひじょうに感慨深い一日でした。
1 って、こういう文章の起こし方は、中原昌也が批判するところの、映画の続編における「前作も見てるだろ」って省略のうちですね。すいません
2 というか、おれが出ているゼミの一環なので、そもそも出なきゃいけなかったんですが、まあ、言われなくてもこれは出るよね。
3 「ずっと前のある日、ナポレオンの末弟ジェロームの写真にたまたま出くわした。わたしは、そのとき以来けっして減ずることのない驚きを味わった: 『わたしはいま、皇帝を見たことのある眼を見ているのだ』と」(Roland Barthes, Œuvres completes V, p. 791)。
4 「ほとんど」ってのがまあ、ポイントではありますが。
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