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こちらでの藤崎さんのコメントに返事を返していたら、予想以上に長くなってしまったので、独立したエントリとして投稿します。じっさいにこのエントリを読む前に、そちらでのやりとりに目を通したほうが、流れが分かりやすくなるとは思いますが、このエントリだけ単独で読んでも、「社会選択理論に関するブックガイド」としてもそれなりに有益なのではないか、と思われます)


社会科学における「内包としての人間」の取扱いについて言えば、1983年以降も事情はそれほど変わらない、と思います。もちろん、そうした「内包としての人間」を主軸に据え理論展開を行っている社会科学理論も(それこそけっこうな昔から)いくつかあるとは思うんですが(雑駁に「理解社会学」と括られうるものがその先鋒ですね)、現象の説明力および理論の構築度のいずれの点においても、(方法論的にたぶん統計力学に範を採っていると思しき)「構造体アプローチ」に劣っている。(ちなみに、私見ですが、ルーマンという人は、こうした「内包」的アプローチと「外延」的アプローチを融合させようとして失敗した人、だと思います。彼の理論は、その説明力から見ても疑問がありますし、理論構築という点から見ても「自家中毒に陥っている」と言わざるを得ません。まあ、使える=参考になる部分もないではないと思うんですが)

それでは、社会科学は今後も、「内包としての人間」をひたすらカッコに括りつつ、その理論構築に勤しむしかないのか、と言うと、これもちょっと言いすぎであって、何となれば、1970年代以降の社会選択理論の興隆、および(ほとんど社会選択理論に重なるとも言えるのですが)ゲーム理論の先鋭化およびじっさいの社会事象への応用という動きは無視できないからです。社会選択理論にせよゲーム理論にせよ、端的に「個人の内面」を云々することはありませんが、そうした「個人の内面」をカッコに括りつつ=ブラックボックス化しつつも、そうしたブラックボックスをひとつの函数として捉え、そうした函数の入力(個人をとりまく環境あるいは出来事)および出力(環境あるいは出来事に対する個人の反応)をある程度うまい具合に形式化でき、そして、そうした成果が説明力においても理論構築においても、ある一定の成果をあげているように思えます。

というわけで、以下に社会選択理論、およびゲーム理論の社会事象への応用を知るのに有益だと思われる書籍を幾冊か挙げておきますので、参考にしてください。


 「きめ方」の論理 社会決定理論への招待
佐伯胖
(東京大学出版会, 1980)

社会選択理論への入門書としては、これ以上よい本は(和書に限定しなくても)ちょっと見当たらないような気がします。入手も容易ですので、まずはここから始めることをおすすめします。


 Social Choice and Individual Values
Kenneth J. Arrow
(Yale Univ Pr, 1970)
 集合的選択と社会的厚生
アマルティア・セン
(勁草書房, 2000)

いずれも社会選択理論の古典です。とくに、前者のアロー本は社会選択理論において、まさに「期を劃する」書であり、その書きぶりにおいても、理論の形式化と、そうした形式化のモティヴェーションの提示のバランスもよく取れており、(ピアースのマクレーン本の評を借りれば)「凡百の入門本を通読するより、この本の数ページを味読したほうが有益」と言えそうです。(翻訳も以前はあったようですが現在は入手不可。ちなみに、こちらからPDF版がダウンロードできます)

セン本も古典であり、よゆうがあれば読むべきですが、とりあえず読むならアロー本だけでよいと思います。(むしろ、センのもので何か読むとすれば、むしろ『合理的な愚か者』のほうが、藤崎さんの興味関心をカヴァーする部分が多いかもしれません)

ちなみに、社会選択理論のテクニカルな扱いとしては、いまのところ、『社会選択理論ハンドブック』第1巻所収のサーヴェイがたぶん一等でしょう。(が、よほどの必要がないかぎり=社会選択理論についてテクニカルな論文を書こうとでもしないかぎり、読む必要はない、と思われます。ただ、佐伯本およびアロー本で基礎的な理念を押さえたうえでこれを読むと、社会選択理論についての理解がかくだんに深まる、と思われます)


 Modeling Bounded Rationality (Zeuthen Lecture Books)
Ariel Rubinstein
(Mit Pr, 1997)

社会科学、もっと限定的には経済学について、「経済学(あるいはひろく社会科学)は『合理的人間』なる『フィクション』を前提にして理論を組み立てているので、それ(ら)は『机上の空論』である」というような言辞にいまだに出くわすことがあり、そのたびに嘆息させられるのですが、こうした批判はもちろん、上記の社会選択理論(およびゲーム理論)にも向けられます。しかし、社会科学(とくに経済学)において「合理的ではない人間」(の行動様式)に関する研究というのはそうとう進んでいて、上のような批判はもはや「的外れ」と言わざるをえません。

そうした「合理的ではない人間」を理論的に取扱った本としては、まず何より、ゲーム理論の教科書で有名な上記ルービンシュタイン本に目を通すべき、でしょう。これは、社会選択理論におけるアロー本のようなもので、しかも、著者のページよりフリーで入手できます。


 Game Theory and the Social Contract: Playing Fair
K. G. Binmore
(Mit Pr, 1994)
 Game Theory and the Social Contract: Just Playing
K. G. Binmore
(Mit Pr, 1998)

この著者のビンモアはゲーム理論の大家であり、いっぷう変わったゲーム理論の教科書も書いていますが、ともあれ、これはけっこうすごい本です。タイトルに「ゲーム理論と社会契約」とありますが、「社会契約」という(一見その理論措定の正当性があやしげな)事象にかぎらず、「ゲーム理論と社会思想」と言ってもよいような本になっています。


ちなみに、ぼくも以前社会選択理論(の一側面)について愚にもつかないようなおしゃべりを展開していたことがありますので、よろしければそちらもご覧ください。


追記
上で「ゲーム理論の社会事象への応用」なんてことを書いちゃったけど、そんなん当たり前だ、っつう。じっさいに言いたかったことは、「ゲーム理論の知見から逆照射的に『人間の考え』つまり『内包としての人間』についての知見も得られるような、そんなゲーム理論の応用」ということです。

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