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「哲学と数学」という、たいていの人は思わず身をかたくしてしまうような、これら二者のかかわりあいをあきらかにするにあたって、まずは「哲学とは何か?」ということからはじめよう。




「哲学」という言葉は、おおかたの学術用語と同様、明治期にphilosophyの訳語としてつくられた。そして、このphilosophyという言葉の原義をたどると、「知(sophia)を愛すること(philos)」を意味するギリシア語philosophiaに行きつく。

このことから2つのことが分かる。まず、「哲学philosophy」と日本語ではいかめしく呼ばれているいとなみのおおもとは、「知りたい! 分かりたい!」というごくたんじゅんな欲望であること。そして、こういう欲望を満たそうとする活動が「ギリシア」という地理上の限られた部分で発生したこと。ただ、これだけではたいして「分かった」という気にはならない。もう少し細かく、それぞれのポイントを考えてみよう。

1点目、日本語で「哲学」と呼ばれているいとなみは、その根っこに「知りたい! 分かりたい!」という、たいしてめずらかではない欲望があることは分かった。では、なぜ、そういう「すなお」とも言える心の動きが、いまでは「一見さんお断り」とでもいうような奇怪なものになってしまったのか? それは、「知る」ということを突き進めた結果として、必然的にそうなったのだ。

「知る」というのはじつは、「知らないこと」をおし拡げるいとなみである。「何かを知る」ということは、その結果として、その「何か」に関連して(少なくともあなたには今現在の時点で)「知られていない」ことを増やしてしまうのだ。

たとえば、CDという文明の利器がある。それでは、「CDを知っている」と言えるためには、どういう条件が満たされるべきか? ごくかんたんには、「CDとは、音の出る丸い光沢盤である」ということを知っていれば、「CDを知っている」と言えるかもしれない。ただ、容易に分かる通り、この答えを元にして、問いの連鎖は果てしなくつづいてしまう(「では、なぜCDから音が出るのか?」等々)。

こういう「問いと答え」の連鎖は、「そもそも〜とは何か? そもそも〜なのはどうしてか?」という「根源」についての、つまりは「はじまり」についての問いにたどりつく。そして、形のあるもの(たとえば、CD)にせよ、形のないもの(たとえば、「知を愛する」という心の働き)にせよ、それらはこの「世界」で生じる。つまり、どういう問いを問うにせよ、「そもそも」の連鎖をたどると、「世界」についての問いにぶち当たる。こういう次第で、固有な意味での「哲学」のはじまりは、「世界」についてその「はじまり」という「そもそも」を問うた古代ギリシア人たちに帰せられることになる。だが、なぜ、ひとり古代ギリシア人のみが、そうした問いを「哲学」と呼ばれるいとなみにまで突き進めることができたのか?

個別的に見れば、べつだんギリシア人でなくとも「そもそも」という問いはもちろん問い得たであろう。だが、たいていの人はそうした「益体もないこと」に泥んでいる「暇」はあまりなかった。「そもそも〜なのはどうしてか?」などと考えるより、その日いちにちをどうにか生きていくことが、いっぱんの人たちの最大の関心事であった。そして、じつは、古代ギリシアのある一時点において、「その日いちにちをどうにかして生きていくこと」がかならずしも「最大の関心事」ではなかった人たちが出現したのだ。

ここで歴史を少し思いかえしてみよう。よく知られるように古代ギリシアでは、前5世紀ごろをピークとして、史上類を見ないほどの奴隷制が発達した。戦争の捕虜として、あるいは、奴隷商人によって小アジアなどから「輸入」された奴隷たちが、日々の雑事を主人に代わって執り行い、当の主人は日がな一日、安穏に暮らしていればよかった。そして、この奴隷制の横行期である前5世紀前後というのは、まさに「哲学」の萌芽がきざし、それとしての地歩を固めた時期である。

以上をまとめると、「哲学」とはその原義として「知を愛すること」という意味があり、そして、そこで言われる「知=知ること」を徹底すると、どうしても「はじまり」についての問いに行きつく。しかし、そうした問いを問いつづけることは、よほど時間的余裕がなければ十全になしえない。そうしたことをなしうる「時間的余裕」が、古代ギリシア期において、奴隷たちに「日々の雑事」を押しつけることによって作り出された。ここにおいて、「知ること」の徹底が図られ、そして、固有の意味での「哲学」が誕生する。



次回は、そうした古代ギリシア人たちが、どういう「根源の問い」をどのような仕方で問うたか、やや詳しく見てみよう。

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コメント
おおお! ついにというか、やっとやる気になってくれましたか。「サルでもわかるシリーズ」をはやしさんやってくれないかなーと、いつも待っていました読者の一人です。
忙しいので不定期でもいいから、このシリーズ楽しみにしてます。
英司 2007/07/23(Mon)08:21:00 編集
できればひでさんのご期待に添えるようなものが書ければいいのですが、個人的な能力の限界と、そしてなにより、最初に設定した想定読者の設定(「哲学」と「数学」という名辞自体は耳にしたことはあるが、じっさいのところそれらはどういうものかほとんど知らない、といった層)から言って、ごく常識的で表層的な記述がおもになると思われますが、ちょこちょこ渋めのくすぐりも織りまぜてはいきたいとは思ってますので、よろしくお付き合いください。
はやし 2007/07/23(Mon)17:49:00 編集
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