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このブログでもたびたびネタ元として参照してきた雑誌Multitudes を、改めて紹介する。
この雑誌は、ネグリなどによって刊行されていたFutur Antérieur の跡を継ぐものであり、狭く「政治」にとどまらず、広く「文化」と言われる全域を扱う「総合誌」と言った趣である(日本で言うと、『現代思想』、『情況』あたりを思い浮かべてもらえれば話が早い)。現在その編集主幹にはアルチュセールの遺稿管理人としても知られるヤン・ムーリエ=ブータンが就いている。また、ごく最近の号で、まだデジタル化が済んでいないもの以外は、全文がウェブ上で読める。
以下に、Multitudes 自身による「Multitudes 紹介」の文章を訳しておく。
Multitudes は雑誌に過ぎない。しかしそれは、マルチチュードの時代の、インターネットの時代の、そして世界化mondialisation の時代の雑誌である。
Multitudes は、ミシェル・フーコーが自らのプロジェクトを特徴付けるものとして提出した、次の公式を実現しようとする雑誌である:すなわち、「わたしは、抽象的であると同時に限定的でもある全ての全体化の外に身を置きつつ(そうした全体化に抗いながら)、可能であると同時に具体的で一般的な問題を、政治に背面から襲い掛かり、社会を対角に横断し、われわれの歴史を構成するものであると同時にその歴史によって構成されるものでもある、そうした問題を切り開こうとしていました……」。「政治に背面から襲い掛かる」、これこそがまさに社会運動に課せられた転覆的使命なのだ。それはまたマルチチュードが、理論的実践として、存在論として、思考の中の唯物論として展開させようとするものである。逃走、離脱、流謫、そして抵抗は、「否」としか言わない純粋理性による抽象的な行いではない。それらの行いは、肯定的な主張が織り成す空間を構成するのだ。われわれが選ぶ選択肢は、文化において、理論において、政治において動作中の変化を構成する力pouvoir constituant である。
Multitudes は「政治」雑誌ではない。そうではなく、Multitudes は「思考の政治学」を扱うのだから、政治の持つ最悪なもの、つまり反復、慣習、そして「透明性」という僭称に、背面から襲い掛かる。Multitudes は、マルチチュードの大きな流れが運んできた砂から、非合法に砂金を採取するのだ。つまり、Multitudes はどんな運動にも、どんな運動の運動にも置き換わろうとするものではなく、変化の錬金術が成し遂げられる場を設えることを以ってその任とする。
文化横断的な雑誌としてMultitudes は、固定的で単一で至上の「自己同一性」を持たぬものたちや理性の綴れ織りからなる「ノマド的文化」の徴を測量し、状況参加的な「知」を活用しようと熱望する。Multitudes は、フランス語から出発し、各種言語を通り抜け、翻訳を通じて発展していくのだ。
発刊から二年経ち、Multitudes は徐々にその企図を馴致してきた。確かに、各々の編集者、執筆者は手の施しようもないぐらいスピノツィストでありニーチェアンでありガタリアンでありドゥルージアンでありフーカルディアンでありネグリアンであり、ときにはマルクシアンであることは疑いえないが、それは「精神の秩序」に「不服従の否」を育てるのだ。
ルサンチマンという根から来たり出づった処方箋よりも、様々な存在様式を打ち建てる反抗的主張/肯定をわれわれは好む。絶対的支配というものは存在したことがなかったし、今も存在しないし、これからも存在しないであろう。「絶対的支配」という死せる神話を逃れる、色んな考えや振舞いやことばや集団や少数者が、至るところに現れる。われわれを集結させているのは、この生き生きとした選択肢なのだ。
重要なのは、異端の中にあって異端者であること、イデーの偏差の中にあって偏向すること、というのも斜傾運動は、思考をして生が求めるものを提供することを可能にするからだ。喋ること、書くこと、ことば、音、そしてイメージを重ね合わせること、それらは自らを「共有のもの」として差し出すことである。マジョリティーや一般的なものとは相容れないものを、「共有的なもの」にすることは果たして可能だろうか? それこそが、Multitudes が追求するものである。
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